Carnival Chapter 18

 フレッドが珍しく照れ笑いなどをしていたから、彼女は自前のフレッドセンサーでそれを敏感に察知して何秒と経つ前にフレドとクレスの間に割って入った。言うまでもなくシルフィだ。
「フレッド~! めっちゃくちゃかっこ良かったよ! 下で聴いてて感動しちゃったっ」
「シルフィまで下で聴いてたのか……勘弁してくれよー……」
フレッドの笑顔が引きつっているのはシルフィの容赦のないハート付き熱視線のせいもあるが、城下からバルコニーまでものの数秒で駆けあがって来た事実に恐怖を覚えていたせいだ。隣でクレスも苦笑いを浮かべている。
「シルフィも元気そうで良かった。少し見ない間に背が伸びたんじゃない?」
「ほんと?」
「ええ、なんなら測ってあげようか?」
「やるやる~! さっすがクレス、気が効いてるぅ」
 二人のやりとりを一歩下がってみていると、年の離れた姉妹のようで引き笑いが次第に穏やかな微笑に変わった。
「そうだ、フレッド。ミレイも控室で聴いてたみたいだから行ってみたら? あれからまだ会ってないでしょ」
クレスが顔だけ振り返ってかけた言葉に生返事をしようとして思い出す。急いで彼女を呼びとめた。つまり、改まって名を呼んだ。
 二人は再会(というほど劇的なものでは無かったが)を果たしてからここまで、大した会話を交わしていない。待っていればそういうシチュエーションが勝手に訪れると踏んでいたフレッドだったが、思いのほかそれが来ない。時間を置けばおくほど切りだしにくくなる気がしたから、こうして中途半端なところで意を決する羽目になった。諸々のお粗末さに嫌気がさして後ろ手に頭を掻く。
「後で話せるか? ……渡すものもある」
「今後のことをベオグラードと話さないといけないから、その後で良かったら」
「それで構わない。それじゃあ、あとで」
 仲良く手をつないで去っていくシルフィとクレス、それを横目に追いながらフレッドは無意味にポケットの中を漁って手に着くものを遊ばせた。金属がこすれあって、ポケットの中で静かな音楽を奏でていた。
 一方クレスに手を引かれて歩くシルフィは、顰め面で、威嚇する猫のように低い唸り声をあげていた。視線の斜め下に見えるフード頭から発せられる奇怪な音声に、クレスはただたじろぐだけだ。シルフィの胸中は実に分かりやすかった。
(フレッドめぇ~……帰ってきてから妙にクレスに優しい気がするんだよね。クレスもまんざらじゃなさそうだし)
ひとつ大きく溜息をついて、クレスを遠い目で見やる。挙句の果てに肩まで竦めてみせた。
「何なの……」
呆れかえるクレスの疑問符も強制的に視界から追い出して、シルフィは物思いに耽り続けた。
(はぁ~あ、やっぱり話すべきじゃなかったのかなぁ、シルフィの秘密は。でも実際に見られちゃったし誤魔化しようなかったもん。それにフレッドなら分かってくれると思ったし)
シルフィの溜息に疲労が混ざり始めたが、クレスはもはや気に留めず、そのままお手てつないで仲良く廊下を歩くことに専念した。
 シルフィの危惧──彼女自身の秘密についてフレッドに話したのはつい二日前のことだ。ファーレン奪還を果たしたあの日、〝時を止めた"のはシルフィであり、それを知っているのは今のところ事態に直面したフレッドだけである。が、フレッドからはそれについて何も訊いてこなかった。だからシルフィが自らその事実を伝えた。時を止めた原理や法則や影響について、とにかくそのカラクリの全てを包み隠さずに話した。話の間もフレッドはただ頷くだけでやはり何も訊いてはこなかったから、シルフィにはフレッドが今何を思っているのか見当もつかない。それでも、あの瞬間とその秘密を共有しているのがフレッドとシルフィであることに変わりはなかった。
 そのフレッドはクレスの言葉通り、今正に控室のドアを開けようとしているところだった。ドアを開くなり満面の笑みで駆け寄ってくるミレイ、よりも先にいやらしい笑みをいやらしく浮かべるとにかく嫌なかんじのルレオが視界に飛び込んできた。奴も昼の演説を耳にしているはずだ、それを踏まえてのこの最上級のしたり顔だと理解するなら突発的な片頭痛に襲われるのも無理はない。頭痛薬を用意しておくべきだった。
「フレッドさぁ~ん! 無事で何よりですっ。お怪我はないんですよね?」
「え、ああ俺はね。そこのミイラは怪我なんてもんじゃなかったけど」
話の中心人物を何とか奴に仕立て上げなくてはならない、それに当たって今のルレオの容貌はうってつけだった。脇腹だの右腕だの、ここぞとばかりに包帯を巻かれている今なら、少なくとも実力行使には出られないだろう。しかし、そんなフレッドの浅はかな計略にルレオがはまるはずもない。目があった瞬間、鼻であしらわれた。
「『俺は国王じゃない、ましてや貴族でもないけどファーレンを変えることができた』……何言ってやがる。お前は立派な白タイツ王国の国王じゃないか!」
ルレオは拳を握りしめて立ち上がると見たこともないような真剣な顔をつくる。が、見る見るうちに唇を震えだし、声を殺して笑い狂った。もう反論する気も起らない。呼吸困難に陥るルレオに一種の憐みの視線を送る。その視界に見慣れない人物が映った。部屋の隅の椅子に、足を組んで座っている。フレッドは目でミレイに応答を求めた。
「クレスさんが乗ってた艦の持ち主さんらしいですよ。ベオグラードさんがお呼びになったとか」
「あいつがあの艦の……」
 ギアはフレッドの視線に気づいて席を立った。フレッドの脳裏にはあの時の鮮やかな戦闘シーンがよぎる。にこやかに近づいてくるギアに対して、必要以上に身構えた。只ものではないことは、彼の周りを取り巻く空気の異質さだけで十分に察することができた。
「はじめまして──」
「どうも、ギアだ。よろしく」
ギアは挨拶代わりに握手を求める。一応その手をとってはみたが、フレッドの警戒心は消えることはなかった。
「あなたがあの艦の持ち主、なんですよね? 一体どういう経緯で……」
「ストップ。始めから話すと長いんだ、自己紹介は簡単に済ませよう。俺はイズトフで戦艦の設計や開発を行っている。君が言う〝あの艦"は趣味の延長みたいなもんだけどね。君のことは噂に聞いてるよ。……スイングの先輩だからとでも言っておけば理解しやすいかな?」
フレッドの顔色が変わった。思わぬところでその名を聞いて意表を突かれたようだったが、出されたカードを全て混ぜ合わせるとやけに合点がいく。つまりこいつはスイングと同類、いわば変人だ。納得して笑顔をつくると、ギアも気前よくにこにこしてくれた。
「ああいうのを兄貴に持つと苦労するだろうねぇ……。俺のことはギアでいいよ、フレッド。しばらく協力することになりそうだ」
眼鏡をあげながら苦笑いをこぼすギアに、フレッドは調子を合わせて頷いておいた。適当な挨拶を済ませてミレイの傍に戻ると、彼女が待っていたかのように耳打ちしてくる。
「あの大きな戦艦、違法だったらしいですよ。無許可とかなんとか……そこをベオグラードさんにつっこまれたそうです」
「……ちゃっかりしてるよ、ベオグラードさんも」
そのちゃっかりに一番被害を受けているのは紛れもなく自分だ。しかし自業自得の要素が全くないとも言いきれない手前強くは言えない。
「でも本当に、皆さん無事で良かったです。ルレオさんはあんなですけど命に別状はないって言うしっ」
 ミレイの手放しの笑顔に、フレッドは素直に同調することができなかった。
「みんな無事ってわけには、いかないけどな」
フレッドの手には、今も言いようのない不快な感触が残っている。目を閉じれば瞼の裏に戦火が蘇るし、不意に血のにおいが漂っているような錯覚にとらわれることもあった。それらがこの三日間で消えることはなかった。ミレイが俯いて肩を落とす。
「そう……ですよね。ごめんなさい」 
「いや、仲間内誰も死ななかったことも奇跡的だよ。ミレイが謝ることないって」
ミレイはまた穏やかに笑った。フレッドは笑い返す一方で、自分の矛盾した言動に呆れもする。



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