Fairy Tale Chapter 23

「フレッドのおにーさん? はじめましてっ。シルフィです!」
「……はじめまして、ラインを守るお嬢さん。元気がいいな、昔のマリィを見てるようだ」
傍に躊躇なく寄ってきたシルフィ、その頭に震えの残った手を乗せる。フレッドと同じようにゆっくりと撫でると、シルフィは満面の笑みで応えた。
「皇女の側近、護衛隊のクレス……だったな、確か」
思わぬタイミングで名を呼ばれ、クレスは身構えて頷く。改めて聞くと、驚くほどフレッドの声に似ていることに気づく。
「ファーレン城内で顔を合わせて以来か。あの時は嫌なところを見せた、すまない」
「いえ! 事情はもう分かってますからっ。こちらこそ暴言を」
「……と言っておけとフィリアに言われたんだ。気にしなくていい」
「もうっ、スイング!」
クレスは下げた頭を上げる前にかろうじて作り笑いを浮かべた。
「まあまあ、お互い面識もあるんだし挨拶はそのくらいでいいだろう? 病み上がりには酷だと思うけど、ひとつ本題に入ろうか」
談笑を切ったのは意外にもギアだった。横目でフレッドを見やる。その視線に気づいて、フレッドが自分を指差した。
「は? 俺? 本題つったって……」
クレスから聞いた死神の証言と自ら体感した前世の記憶を合わせれば、これから起こることと自分の使命くらいは理解できる。スイングが死神を相手取って奔走していたらしいことは既に知っているが、彼が何をどこまで知りフレッドたちを北の大陸に導いたのかは確認しておかなければならないように思えた。歯切れの悪いフレッドを見かねて、スイングが先手を切る。
「時計は手に入れたのか」
その一言で全員が肩をこわばらせた。
「意味が分かるみたいだな。だったら話が早い、時計はどうした」
「それを手に入れさせようと思って、俺たちを北の大陸へ向かわせたのか」
「そうだ。ギアがいれば意図に気づくと思ったからな」
ギアはフレッドと目が合わないように即座に天井を仰ぐ。彼はラインについても大罪についても、そして神の存在についてもその知識はエキスパートだったが時計のことは微塵も知らなかった。世界の終末に興味がないと言い捨てた男だ、当然といえば当然である。
 フレッドは小さく嘆息して逸る鼓動を制した。
「時計は北の大陸にはない、そもそもなかったんだ。……クレスの家に昔からあったらしい」
スイングが大きく目を見開く。珍しい光景だ、などと優越感に浸っている場合ではない。
「彼女が、持っていたのか。今までずっと……?」
「『今まで』な。奪われた。死神に」
スイングの表情が険しくなる。こういった顔を見ているほうが比較的落ち着くのは、悲しいが長年の慣れというものだ。
「奪われた、か。あっさり言ってくれるな」
「どっちがだ。俺たちは時計について何一つ知らなかったんだぞ、何をどうしろっていうんだよ」
「フレッド」
語気を荒げるや否やクレスの諌めが入る。フレッドは頭をかいて一旦口をつぐんだ。
「時計さえ押さえれば奴のゲームは阻止できた。死神が箱庭の中の住人になれるのはライン千年目の一年間だけだからな。……しかし、時計を手に入れたのなら何故新たなラインを作らない? 奴の目的は第三のラインをつくることにあるはずだ」
全員が首をかしげた直後、
「フレッド、どうしたの……?」
シルフィの声をきっかけにフレッドに視線が集中する。口元に手を当てて俯いていた。怪しすぎる。シルフィの問いにフレッドはすぐに答えられなかった。彼自身まだ、たった今つながったピースに対してどう反応すべきか考えているところなのだ。
「紛らわしいんだよ! 何だ! くだらねぇこと言うなよ!」
やかましいのもひとり、フレッドの返答を待っている。フレッドは整理半ばの頭の中を無理やりまとめて、おもむろに顔を上げた。
「時計、クレスじゃないと動かせないようになってるんだ。だからクレスごとさらったのか、あの時……」
コテンパンに非難されることを覚悟でクレスを見た。フレッドは前世で見た出来事を何一つ皆に明かしていない、それだからこの発現はかなり突飛なもののはずだ。非難がこないなら一笑に付されるか。
(……あれ?)
思った以上の間が、場を支配する。誰一人、文句どころか疑問すら口にしない。
「だったらもう分かるだろう。次に狙われるのは彼女だ。選択肢は二つ、あと半年あまり彼女を守り通すか時計を奪い返すか」
ありえない──フレッドはスイングのまとめそっちのけで、それを当たり前のように聞き入る他者の反応が気になって仕方がなかった。とりわけクレスの憮然とした態度が。
「おいこら」
一気に疲労感が募る。もはや呼びかけともいえないルレオのそれに一応返事はしたが、その面倒そうな切りかえしが気に食わなかったらしい、ルレオが椅子を蹴り上げた。
「だから何だよっ」
「お前の答え待ってんだろうが! 何も話さねぇならそれなりに構えろ! どうすんだ、どっちにすんだ、お前が決めんだろ!」
 前世でフレッドが「何か」を見たことは全員知っていた。そしてそれが話せる内容でないことも、フレッドの頑なな態度から十分に察することができた。ルレオの発言は、全員の代弁である。フレッドは気恥ずかしさを深呼吸と共に飲み込んだ。
「どっちにしたって千年経ったらまた同じことの繰り返しになる。次のラインを食い止めて終わりじゃ味気なさすぎだろ」
 前世での記憶はフレッドに、その魂に刻まれた大罪と共に使命を知らしめた。そしてたった今それに確信を持った。
「死神を止める。千年先も二千年先も、ラインなんか作らせてたまるかってんだ」
ルレオは椅子を元に戻してどかりと腰をおろした。シルフィはベッドの上に身を乗り出して(この際スイングの存在はお構いなしらしい)満面の笑みをつくる。
「さっすがフレッド! あたしも大賛成だよ、どこまでもフレッドについて行っちゃうからねっ」
いつも先陣を切って嫌な空気をぶち壊してくれるのはシルフィだ。フレッドは頷きながら微笑した。スイングの嘆息があからさまに響いたがもはや気にならない。
「それなら空母の強化が必要だな。巻き添え食ってぐっちゃぐちゃにされるのはもうごめんだからね」
「ってことはまた蜃気楼の塔に突っ込むわけ? でもあそこはもう──」
「蜃気楼が崩壊するなんてことがありえると思うかい? どう考えてもあの塔は異空間だ。死神の言い方を借りるなら、『箱庭』の中と外の境界のような場所なんだろう。時がくればまた聳え立つさ」
大して論理的でもないのにやけに説得力があるのは、フレッドが実際あの塔を上っているからだ。反論がないのをよしとして、ギアは大きく背伸びをした。
「さぁて、そうと決まったら早速作業にとりかかろうか。ちょっと国王に掛け合ってくるから君らはのんびりするといいよ。羽目はずさない程度にね」
国王への謁見を口にしたはずだが、ギアが言うとなんともお粗末だ。両腕を後頭部に回して、鼻歌交じりに玉座の間へ向かった。


「──というわけで、このリストに書いてある人物を一人残らずベルトニアに呼び寄せたいんですよ、大至急。あと、強化型軍艦を開発する正式な許可をいただきたい。ファーレンの護衛隊長に脅迫されるのはごめんですので。よろしいですね?」
玉座の間で強気に書類をつきつけるギア、無論サンドリアも傍らに控えてはいるがギアにとって彼の存在などは何の牽制にもならない。
「許可しよう。……だがひとつ、我々は軍事国家ではない。必要以上の重装はファーレンをはじめ近隣諸国への威圧行為ととられかねない。わかるだろう、君なら」
「承知しました。ベルトニアのイメージダウンは防げ、と」
身もふたもない言い草だが的を射ているせいもあり、やはりサンドリアは口を挟めない。ベルトニア王は渡された書類にサインをすると、それをサンドリアに手渡した。
「これをベオグラード君に。できるだけ急がせるがイズトフはファーレン領土だ、手続きに時間を要するかもしれん。了承してくれ」
「分かってますよ。その間に計画を練るつもりですから」
ギアは半分踵を返した状態でそう笑顔で返すと、そのまま玉座の間を後にした。ベルトニア王とサンドリアは顔を見合わせて肩をすくめるしかなかった。



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