Divine Punishment Chapter 24

 鬱陶しいほどに喚いていたシルフィは一転して満面の笑みを浮かべて、いともあっさりルレオを捨て置く。流石のルレオも呆れかえって半眼で体を起こした。
「何死んだふりしてんだよ! さっさと起きろ!」
眉尻を下げた情けない顔で跪いて気遣ってくれるのかと思いきや、フレッドは到着早々ルレオの胸座をひっつかんで視線を合わせる。瞳孔を確認すると、これまた興味なさそうに手を離した。
「シルフィ、無事だな? 怪我ないな?」
「うんっ! 全然っ平気だよ」
小さな体で大きくガッツポーズをしてみせる。そんなシルフィの姿に頬笑みをこぼし、たのも束の間。後頭部に何か固いものを打ちつけられてフレッドが跪いた。四つん這いの状態で無様に振り返ると、更に尻に蹴りを入れられそのまま足蹴にされた。今までを振り返ってみてもひどい方の仕打ちだ。
「誰が死んだふりだあ! 今頃来やがって、おっせーんだよ! 見ろ、この腹!」
ルレオは大口を叩いてはいるが、クレスに支えられてやっとのことで立っている。そのわき腹からは確かに大量の出血が見られた。よせばよかったのにフレッドを足蹴にした反動で更に勢いを増している。溶岩のように、静かに、厳かにはじけ飛ぶ。
「だってお前いつも結局死なねぇし」
「どの口が言ってんだ、どの口がぁ……って」
クレスごとよろける。威勢の良さとは裏腹に全体重をクレスに預けなければ立っていられない。
「喚かないでよっ、冗談抜きで死ぬわよ?」
ルレオの濁った堰に、ようやくフレッドが動揺して目を泳がせた。ルレオは血の気の失せた顔でいつも通り舌打ちしているが、足元に溜まった赤い水たまりが彼の繕いを全てかき消してしまう。クレスはゆっくりと屈んで再びルレオをその場に座らせた。
「止血するから力入れて。肋折れても責任とらないから」
「おいおいマジかよ……って、痛てててててて!」
双方歯を食いしばって力む。ルレオがぐったりとして生気を失ったところでクレスの勝利が確定、フレッドは人知れず胸中でゴングを鳴らした。一仕事終えたクレスが立ちあがって、訝しげに周囲を一瞥した。
「今度は……何だよ」
「ミレイは? 一緒に逃げてきたんでしょう?」
シルフィがまた俯き加減に来た道を指さした。
「先に行ってって言われたの。予知があるから大丈夫だって。ルレオもこんなだったしそうしたんだけど……」
フレッドとクレスが同時に顔を見合わせて青ざめた。ルレオのこの様子だと随分長いことこの場にへたりこんでいたことは間違いない、にも関わらずミレイは追い付いてくる気配さえ見せない。遅すぎる虫の知らせとばかりに、胸中がざわめきたった。フレッドとクレスの意見は一致している。確かめるように視線で合図した。
「別行動は避けようぜ、一旦戻ってミレイと合流しよう。ルレオは俺が肩貸す──」
「やなこった」
真剣に次の行動を説明していたフレッド、随分あっけらかんと遮られて口元がひきつった。懸命に唇の痙攣を堪えて死に損ない男に視線を送る。
「誰がお前の肩なんか借りるかっ、何度も言わせんなよヒーロー気取りはよせ。サブイボが立つ」
「それはどうも余計なお世話だったようで! 誰が好き好んで貸すかよ、利子つきだバーカ!」
互いに唾を乱射して聞くに堪えない低次元の口論を繰り広げる。やはりこの二人が顔を突き合わせると調子が狂ってしまう、それとも狂っていた調子が元に戻ったのか。どちらにせよ、今の状況にはそぐわない。
「……私がやるわよ。いい加減にしてくれない?」
冷めた口調で軽蔑の眼差しを向けるクレス、残りの三人の背筋が瞬時に凍りついた。


 時は数時間前に遡る。負傷したルレオとシルフィ、そしてミレイが城下の街道を一心不乱に駆け抜けていたときだ。地を垂れ流しながら先頭を行くルレオと自責の念に駆られてその後を無言で追うシルフィ、至って健康なミレイが何故か最後尾を走っていた。正しくは過去形だ、ミレイは何かに憑かれたように立ち止まって微動だにしなくなった。瞳の焦点がここではないどこかに合わされた。連鎖的にシルフィが立ち止まる。
「予知? してる場合じゃないよ~!」
どんどん開くルレオとの距離を気にして、首を180度に何度も回転させる。
「シルフィちゃん」
ミレイはしっかりとシルフィを見つめていた。
「先に行ってて。生きてる人がいるのが視えたから、私そっちに行く。ルレオさんを守って、ね」
「何言ってるの? 危ないよ! 死神がまだその辺うろうろしてるかもしれないのにっ」
「大丈夫、私には予知があるもん。いざとなったら察知して逃げられるから。行って? ルレオさんを今一人にしたら駄目だよ」
シルフィは半ば強制的にルレオのおもり役を任される。少女の影が見えなくなると、ミレイは作っていた安心感溢れる笑顔を止めた。全身を巡る震えを制すために、一度強く唇をかむ。彼女一人がこの先起こり得る事実を知っていた。そしてそれを、生まれて初めて自らの力でねじ曲げようとしていた。背後に響く小さな足音を迎え撃つために、おもむろに振り返った。
「予知が何のためにあるのか……やっと分かった気がするよ、おばあちゃん。私にだって大切な人たちを守ることができるんだよね。私だって、戦える!」
 ミレイが予知した少し先の出来事は、無論シルフィに説明したようなそれではない。死神がここへやってくる──それは既にこうして現実となっていた。眼前には赤い髪の少年が誰のものかも分からない血で両手を真っ赤に染めて突っ立っている。
「クレスは……どこ?」
この質問はルレオになされるはずだった。彼は答えず不敵に笑い、その次の瞬間には死神の細腕が彼の心臓を貫く──これがミレイの予知した未来で、それは既に彼女自身の行動によって狂わされていた。
「この先には絶対行かせないから……! もう誰も死なせたくない! 止めて見せる!」
 彼女は戦う術を持たない。フレッドやクレスと違って剣に巧みなわけでも、ルレオのように場数を踏んでいるわけでもない。ただその意志と自分の特異な能力だけを信じて死神の前に立ちふさがった。
「邪魔だよ」
地面が動いたのか空気が引き寄せたのか、死神は棒立ちのままの体勢で一瞬のうちに間合いを詰めた。単に手のひらをかざす、その動作が命取りの合図だと言うことは承知している。神経の擦り切れる一秒単位の予知で、ミレイは死神の「手」をぎりぎりのところですり抜ける。持てる集中力の全てを予知と実行に費やすしかなかった。
「邪魔だって言ったの、聞こえなかった?」
死神は早々に苛立ちを顕わにした。一秒先の死神の手がミレイの首を狙うとする、ミレイはそれを先読みして一歩撤退する。随分長いことそんな単調なやりとりが繰り返された。無論、死神としては、ミレイの体力が尽きるまでこの馬鹿げた曲芸を続けるつもりはない。
 一秒先の死神の手がまた首を狙う、ミレイはまた一歩──


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