The Dream In Sacred Night Chapter 25

「ファーレン、ベルトニア共に栄光あれ!」
一段と大きな歓声と共に人々は軽快に杯を掲げた。反動で飛び散るワインの雫を浴びながら心の底から笑いあう。フレッドたちもそれに便乗して悪乗りすると、すましていたニースやリナレスにどんどんと酒をつぐ。入り乱れて騒ぐ連中に、気づけば場違いな人物が紛れ込んでいた。女神のように当たり障りの無い笑みを浮かべて、ただひとり動じずにフレッドを見つめていた。
「うわあ! セルシナ皇女様! バカっ、フレッド頭下げろって!」
「かまいません。ベオグラード、ニース、ここまでの護衛ご苦労でした」
無理やり伏せさせられて不快を覚えつつ、フレッドはさっさとニースを振り払う。少しくらいばつの悪そうな顔をしてもいいくらいだが、ニースは至って平常運転だ。セルシナ皇女も人選がなっていないというか、ベオグラードはともかくニースを護衛に抜擢したのは早計である。
 いつの間にか、クレスが当然のようにセルシナの斜め後ろに控えていた。やはり皇女の直属は何の違和感も無い。一瞬だけ視線を送って、フレッドはすぐにセルシナ皇女に向き直った。
「その、すばらしかったです。驚きましたけど」
「ありがとうございます。でも私がここへ来た理由はあれだけではないのです。最後にきちんと、と思いまして」
「……と、言いますと」
ベオグラードに目で確認をとっても掴めない表情でにやにやしているだけだ。全員にはめられているようで気分が悪い。素直に大きな疑問符を浮かべて、かしこまりつつ返答を待つ。
「フレッド様に、お礼を言いに参りました。今度はファーレン王国皇女として、わが国代表として。……本当に、本当にありがとうございました」
フレッドは無論、目を丸くして言葉を失った。目の前で深々と頭を下げているのは紛れもなく一国の皇女である。ベオグラードが自分にそうしたときでさえ対応に困ったのに、こうなると硬直せざるを得ない。
「こうやってベルトニアと友好関係が築けたのも、今のファーレンがあるのも、何もかもあなたのおかげです。あなたはこの国を守り、ファーレンをも守ってくださった。そして今も、守ろうとしてくださる。一度きちんとお礼が言いたかったのです。どうしても、私の口から」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それは違います、いや、凄くありがたいんですけどっ。そんなに大層なことしてないです。それに俺は、運悪く国王になっただけで、本当だったら何もしていないはずなんです。礼を言うなら……ミレイや、ギア、シルフィ、ルレオも、ベオグラードさんだって。……皇女の後ろに控えてる人だって、そうですよ」
〝皇女の後ろに控えている人″と目が合うのを恐れて、フレッドは咄嗟に俯いた。冷静になって考えて見ると、とんでもなく偉そうなことを口走っている。穴があるなら埋まりきってしまいたかった。
「その通りですね……。ではお礼は皆さんがファーレンに戻ってきたときに。全員無事に帰ってきたそのときに、改めて。それでよろしいかしら……?」
「もちろんです。そのときに改めて……全員で」
かわいらしい笑顔を浮かべる。もちろんフレッドが、ではない。セルシナ皇女が、だ。フレッドは一礼すると、これ以上憂き目に合わないようにどこかへ逃げていった。これ以上皇女といると、自分まで釣られてこっぱずかしい台詞を吐いてしまう。フレッドは赤面したまま人ごみを掻き分けていった。
「なんだぁ、あいつ。いきなり」
「大方自分の台詞の恥ずかしさに耐えられなくなったんだろう。ほっとけほっとけ。それよりニースもリナレスも腹いっぱい食っとかないと当分はお目にかかれんものばっかりだぞ」
ベオグラードの一言で二人の目の色が変わる。いうなれば獲物を目の前にした肉食獣のような貪欲な目に。かと思うと次の瞬間には二人で顔を見合わせて肉パラダイスの方へ駆けていった。ベオグラードは自分でけしかけておきながら苦笑をもらしている。
「ベオグラードもクレスもパーティを楽しんでいらっしゃい。私はベルトニア王とお話があります」
「おや、そうですか。ではお言葉に甘えて」
「しかしお一人では」
「問題ありません。サンドリア護衛隊長は信頼のおける人物です。あなたの方がよくわかっているはず」
 皇女が傍にいながら護衛をしない、というのはクレスにとって何とも居心地の悪い状態なのだ。しかしここで食い下がれば皇女の面目をつぶすことにもなる。気難しい顔で一応受け入れた。踵を返すクレスの後姿を見て、ベオグラードは独特の嫌な笑みをつくった。
(ははあ……まあ、確かに)
にやつきながらベオグラードも獲物を追う。獲物といってもニースたちが狙う骨付きロースの類ではなく、先刻そそくさと行方をくらませたファーレンの「国王様」のことだ。フレッドの軌跡を辿るなどベオグラードにとっては造作もないことだった。バルコニーで頭を冷やすフレッドに、後ろから声をかける。
「クレス隊長のドレス姿はなかなか目を見張るものがあるな、ん?」
「はあ? ……それセクハラ発言ですよ、思いっきり」
嫌なのが来た──フレッドは本能的に苦虫をつぶした。酒のせいで熱くなった頬を手すりに押し当てて、とにかく火照った体温を冷まそうと努めている最中だった。
「いやあ~、今思うとお前には悪いことしたなあと思ってな。まさかここまで話がでかくなるとは思わなくてなっ。はっはっは!」
軽快に唾を飛ばすベオグラードを心の底から冷めた視線で見やって、フレッドは引きつった口元を制す。
「元はといえば全部ベオグラードさんが発端じゃないですか! そりゃまあ、自分のミスもありますけど」
「はは……そうだな。本当にそうだ。すまなかったな、お前に全部押し付ける形になってしまった。こんなつもりじゃなかったんだが」
「……もういいですよ。悪いことばかりじゃなかったし」
「そうか? そうだろうなあ! いやいや、結果オーライってやつだな」
今この手すりからこの男の背中を思い切り押せば、確実に殺れるが理性がそれを拒んだ。どんどん増殖する青筋ももはや放っておく。一通り笑い飛ばして気が済んだか、ベオグラードはひとつ大きく嘆息した。
「フレッド、お前は思った以上に光ったな。正直ここまで光ってくれるとは思ってなかったぞ」
反射的に訝しげな表情で、後退はしていないはずの額を押さえる。確かにここのところ精神的ストレスも溜まっていたからありえない事ではないが、そういうことではないのだろう。気を取り直して小首を傾げる。
「何がですか?」
「何が、か。そう聞かれると答えにくいな……。つまり、だ。スイングがダイヤモンドとしよう、お前が道端の石だ」
流石に特大の青筋が惜しげもなく現れる。間違っている気がしないので反論はしないが、あまりに正直すぎて腹立たしい。
「バカにしてんですか……」
「そうじゃない。スイングは既に研磨された完成品だったからお前には凄く輝いて見えた。あいつだって初めからダイヤだったわけじゃないさ、誰だって最初はただの石なんだ」
イラつきが徐々に静まるのを感じた。そういえばいつだったか、フレッド自身もスイングとの間柄をそんな風に例えたことがあった。今思うとそれがひどく懐かしかった。
「革命に参加することで……、いやな、何だって良かったんだ。何かきっかけを与えてやりたかったんだよ。お前が自分を研磨するきっかけってやつを。何かが変わってくれればと思ったのさ、お前の中でな。……まあ変わりすぎて国王にまでなってしまったが」
本人は至って真面目に唸って見せたがフレッドにはそれが可笑しかった。小ばかにしたように中途半端に吹き出す。
「自分じゃ実感がないな。みんなそう言うけど」
「変わったさ。お前はお前なりの磨き方でここまできたんだ。俺はお前を誇りに思うよ」
いつもフレッドがシルフィにそうするのだが、ベオグラード相手だと当然立場は逆転する。乱暴に頭を撫でられるのが無性にむずがゆかった。ベオグラードの方も照れ隠しなのだろうが、フレッドは気にも留めずぶつぶつと独りごちている。と、中から小刻みな足音が近づいてきてここで止まった。



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