A Lunar Eclipce Chapter 3

 ルレオはどこをほっつき歩いていたのか遅れて登場した。しかし一番にしびれをきらしたのもまた彼だった。睨みを利かせているだけの連中の真ん中に躍り出て地団駄を踏む。
「何だってんだ! どいつだ!! どれが原因だ、今度は!!」
リナレスが半眼でフレッドを指差した。予想以上にあっさり売り飛ばされる。
「何かの……間違いよね、きっと。まさか飲んじゃったとか、言わないよね」
リナレスの哀願空しく、フレッドは目をそらしながら頷いた。再起不能のリナレス、そのまま力なく座り込む。
「とにかく! ここでこうしてても始まらないわ。ルーヴェンス氏は!? 一滴でも残ってれば何とかなるかもしれないわ!」
無理やり希望を見出してティラナが皆を励ます。励ましたはいいが気休めにもならず、皆揃ってかぶりを振るばかりだ。
 そろそろ奴が出てくる。ボウガンに矢をセットして、突っ込んでくる。本能でそれを悟ってフレッドは重い体に鞭打って何とか立ち上がった。が、猛スピードで突進してきたのは彼ではなかった。
「フレッド! 横っ、よけなさい!」
「はぁ!?」
奇声を発して咄嗟にのけ反ると、その真横を光った刃が通り過ぎていった。前髪が落ち葉のように静かに舞って地面に落ちる。クレスの不意打ちは残念ながら失敗に終わった。
「何考えてんだよお前! 殺す気か!?」
「それはこっちのセリフよ! あなた自分が何をしたか分かってるの!? 聖水を飲んだってことは王位はあなたに継承されたってことになるのよ!?」
誰もが知っていて敢えて口にしなかった言葉をクレスはあっさり叫ぶ。おかげでルレオもしっかり事の成り行きを理解してしまった。
「だからって何で殺されなきゃなんないんだよっ。冗談じゃ──!」
反論し終える前にクレスのナイフが再び空を切る。手ぶらのフレッドにはかわす以外抵抗のしようがない。次々とフレッドめがけて振り下ろされるナイフに翻弄されつつも、冷静さを欠いたクレスの攻撃は難なく避けることができた。
「セルシナ皇女が国王になるはずだったのに……! あんたたちさえ居なければ今頃は!」
「十六そこらの子どもに国の何が分かるんだよ! お勉強とはわけが違うんだぞ!?」
同時に火に油を注ぎ合う。クレスのナイフがフレッドの頬に血のラインを残した。頭に血が上っているのは見てとれるのに彼女の動きは徐々にスピードをあげてきた。
「あなたこそ、皇女の何が分かるっていうの!? 今の国王の娘というだけであなたたちは何も分かっていない! このままじゃ八年前の繰り返しになってしまう!」
 クレスは必死だった。でたらめな太刀筋と感情任せの言動、鬼気迫る表情から彼女の切迫感がいかなるものかは十分に伝わる。が、キャパシティオーバーしているのはフレッドも同じだ。振りかぶられた腕を思い切り掴んでクレスの体を地面に叩きつける。ついでに
ナイフも蹴り飛ばした。まわりながらナイフは地面を滑って、やがて止まる。
「何も分かってないのはあんただろ。皇女が即位したって裏で国を動かすのは今の国王だ。……それじゃあ歴史は動かない!!」
「勝手なことを!」
クレスはひるまない。素早く身を起こし体制を立て直す。
「あなたたちがやっていることは何!? 革命? それともクーデター? あなたのやっていることは正しいことでも何でもない、ただ歴史をかき乱しているだけ!」
 フレッドの口が止まる。反論できないわけではなかったが心の葛藤がそれを制した。彼女の言葉を否定する自分と、どこかで肯定している自分がいる。胸中はそうでもフレッドにはフレッドの、立場というものがある。無論クレスにも同じことが言えるのだから展開は平行線を辿るしかない。
 そんな兆しが見えた矢先、フレッドの鼓膜に今までとは別の物音が響く。
(足音……?)
ほんの一瞬、そちらに気を取られた隙にひざ蹴りを入れられる。感覚器官が一足遅れて、嗚咽を連れてきた。
「フレッド! 誰か来るわ、いったん隠れましょう!」
 すっかり見物人と化していたティラナの言葉を合図に皆物陰に身をひそめる。逆流してくる昼の饅頭を懸命に飲み込みながらフレッドも必死にティラナたちと合流した。
 先刻の足音が確かなものとなる。
「あれ……! 国王だ。もしかしてもう私たち囲まれてんの……!?」
「落ち着いて。そんなはずないわ。……でもあんたとルーヴェンス氏はここから離れた方がいいわ。厄介なことになりそう……」
 とっくの昔に厄介なことにはなっているのだが、その引き金を引いた張本人がまさかそんな突っ込みをするわけにもいかない。リナレスは眉尻を下げながらも頷いて場を離れた。
「ティラナさんも……リナレスたちについてやってください。ドジ踏まないとも限らない」
「……そうね、わかった。あまり君に言えた台詞じゃないけど、そうさせてもらうわ」
 最後に強烈な皮肉を残してティラナも去る。国王軍を前にして、残されたフレッドとルレオは息をのむしかできない。このままクレスが出て行けばほぼ人生終了だ。視線だけを武装兵に囲まれた国王へ向ける。
「……とんでもない事態だな。まさかこのような事になるとは……。城に潜入したクーデターの仕業として間違いないんだろうな」
「はっ! 現在クレス隊長が追跡中と思われます」
 二人は固まっていた。説明無用なくらい石の如く岩の如く、ルレオは青筋まで器用に石化させている。視線は釘づけで、国王の些細な仕草にさえ過剰に恐怖を覚えた。
「……ばれてるじゃねえかよ……。どうするつもりだボケ男。あの女がでしゃばりゃ俺たち揃ってあの世行きだ」
半ば諦めモードでルレオが呟く。反応しないフレッドのせいでまた青筋アクセサリーが増幅した。
「国土の端から端まで指名手配を行う。クレス隊長が戻り次第事情を聞きだせ」
「その後の処分はいかがいたしましょう」
 間の悪い質問ばかりしてくれる兵士にルレオの口元が痙攣しはじめる。大穴の馬券を握りしめている気持ちで国王の次の言葉を待った。
「聞くまでもないだろう。見つけ次第死刑だ。第一級犯罪者の烙印を押してやれ!」
 兵たちがぴったり息をそろえて敬礼する。それを満足そうに眺めて国王は空になった聖杯を拾いあげた。一周くるりと見定めて鼻で微笑する。フレッド、そしてルレオはその光景をただ呆然と見つめていた。
「特に聖水を飲みほした哀れなテロリストには最高の極刑を与える。見せしめとして民衆の眼前で死刑を執り行うのだ!」
 国王の高笑いには怒りが滲んでいた。フレッドたちにはひとつの楽観要素ももはや残されていない、ただ成り行きを見守るしかできないでいた。少なくとも二人に限っては。



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