Mad Tea Party Chapter 7

 ドォォォオーン!! ──轟音が鼓膜を突き破るような勢いで耳に響く。クレスのすぐ横、数メートルの距離に居た人々が一気になぎ倒されていく。少し遅れて思いだしたように悲鳴とうめき声、そして血飛沫が宙を舞った。
「ギャァァァァ!」
「死にたくない! 助けてくれぇぇ……!」
 ルーヴェンス軍の砲撃による先制で、ほぼ無抵抗のまま多くのエマ町民が地に倒れた。クレスはゆっくりとその光景から視界を前方の敵軍に向ける。この小さな港町を制圧するには予想以上、ざっと二千あまりの兵が小隊を組んで猛スピードでこちらに向かってくる。
「総攻撃だわ……。投降しなければ間違いなく殲滅される……!」
クレスは気を取り直して前方へ走りだした。たった一発の砲撃で何十人もの人間が戦闘不能となった、固まった行列は大砲の恰好の餌食でしかない。
「ひるむな、行けー!」
ワァァァァ! ──仲間の死で士気を高める住民たちにクレスは苦虫をつぶす。彼らは状況に酔っている、大義名分と共に武器を掲げて自己満足しているに過ぎない。彼女はひたすらに走ったが、彼らを止める術は分からないままだった。
 前線地帯では既に猛烈な攻防戦が繰り広げられていた。流れ流され最前線に立っていてはもう笑うしかない、という結論に至ったルレオは大爆笑しながらボウガンの矢を放っていた。
「だっはっはっはっは!! ……って撃っても撃っても湧いて出てきやがって! ゴキブリよりタチ悪いぞお前ら!」
引き金に手をかけっぱなしでルレオは忙しなく敵を蹴散らしていた。
 フレッド、リナレス、ルレオは何の因果か最終的に近い場所に陣取って戦うことになり、互いの戦況を確認することができた。それ故に、その場にいない彼女のことが気がかりだった。
「あいつっ、クレス、死んでないだろうな! さっきのでかい音って大砲だろ!? 町ひとつ攻めるために何てもん使ってんだよ!」
フレッドはフレッドで騎兵隊の攻撃を受けながら口走ったため、かなりの早口だ。歯が立たないほど飛びぬけて強いわけではないがこうも束になられると防戦一方だ。フレッドの独り言に誰も反応できずにたが、リナレスの視界に微かに見慣れたブロンドが横切った。飛び交う弓矢を適当にかわしてリナレスが慌てて叫ぶ。
「フレッド! あれ、あそこにいるのクレスさんじゃない!?」
思わぬ返答にフレッドは剣をなぎ払って敵との距離を稼ぐ。その間すかさず振り返ってリナレスの言う方向を目で追った。クレスは相も変わらず何かを懸命に叫んでいる。
「戦うのをやめて! 相手は千以上の国軍なのよ!? 戻って!」
目の前で繰り広げられる攻防にクレスは弾き飛ばされそうになりながら必死に呼びかけた。こちらに視線をよこすフレッドに気づく。
「フレッド!」
呼ばれても構っている余裕はない。彼女が動くことを期待してフレッドはそのまま眼前の敵を応戦し続けた。
「フレッド、協力して! この人たちを戦わせては駄目よ、分かるでしょう!?」
「はあ!?」
 クレスは思惑通り網目を縫うようにこちらに駆けてきた、が第一声はフレッドには理解不能であった。
「何言ってんだよ、状況分かってるだろ!? わけわかんねえこと言う暇あったらちょっとは手貸せよっ」
悠長に会話をしている余裕などはない、ちらちらとクレスに視線を預けながらも両手は渾身の力で敵の攻撃を防いでいる。苦戦を強いられているフレッド、横でクレスが舌打ちしながら剣を抜いた。フレッドの両手を封じ込めている装甲兵のわき腹に力一杯一撃を叩きこむ。これで百人力、などと安心したのも束の間だった。
「騎兵隊の数、見たでしょう? 民間人が何人束になったって相手はプロよ、このままじゃ何百もの命が無駄になってしまう! ここは投降すべきよ!」
 フレッドは答えなかった。正確には答えられない状況にあるのだ、敵はクレスが言うように次から次へと畳みかけてくる。剣先が耳元をかすめていった。眉をしかめるフレッド、横目で一瞬だけクレスを見やった。
「フレッド!」
「戦わないんだったら引っこんでろ! 邪魔なだけだ!」
叫ぶと同時にフレッドの剣が敵軍数人を一気に凪払った。もう視線をクレスに送ろうとはしない。
「リナレス! 悪い援護して!」
クレスに背中を預けるわけにはいかないことが確定すると、フレッドは死角を減らすためリナレスと合流した。そこへ呼んでもいないのに奴も加わる。
「おいフレッド! あの女どうした!? さっきそこらへんいたろ!」
「さあなっ。人の心配してる場合じゃ……ねぇだろ!」
文句ばかりを並べる割にきちんと援護してくるルレオが有難い反面不気味だ、反旗を翻されないように底をつきそうな体力を限界まで振り絞る。肩で息をしても酸素がさっぱり入ってこない。
「息切れするにはまだ早ぇぞ」
皮肉たっぷりの笑みを浮かべてルレオが引き金をひく。
 カチッ──間抜けな音がフレッドの耳にも届いた。二、三度引き金を引くがその度に同じ音がするだけで矢は発射されない。珍しくルレオの顔が青ざめる。状況が異なれば大笑いしてやりたいところだが場合が場合だ、フレッドも同じく顔を青くした。
「やべぇ。矢が出ねえ」
「冗談だろ! 死ぬぞ!」
両者とも切羽詰まっているせいでストレートな単語を連発する。援護射撃がない中ではフレッドも防戦を余儀なくされる。こうなれば逃亡する他手立てはないが、その準備が整う前にルーヴェンス兵の剣がルレオのからだを貫いた。
「ルレオ!」
かと思いきや剣は脇に挟まっただけで、敵兵は半分錯乱状態のルレオにこっぴどく反撃をくらっている。フレッドはタイミングを見計らって速やかにルレオに駆けよった。
「びっくりさせんなよっ」
 戦場の真っただ中で一瞬の安堵は油断へとつながり、それは命取りを意味する。ましてやそこら中に渦巻く殺気のせいで、そのひとつが迷いなく自分たちに向けられていたとしてもすぐには気づくことができなかった。
 矢はフレッドの後方から放たれた。狙いは彼の心臓一直線だ。
「フレッド! 後ろだ、剣を振れ!」
 どこからともなく、緊迫した声の指示通りフレッドは無心に振り向きざまに剣を振りおろした。思っても見ない手ごたえがあり、気づきもしていなかった矢がフレッドの意志と別のところで叩き落とされた。再び青ざめるフレッドとルレオの前に声の主が厳かに現れた。陰った地面に気づいて、二人は座り込んだまま上方を見上げた。
「戦場において油断は命取りだ。たとえどんな状況でも隙を見せれば死に至る。死んでやるつもりがないなら二人とも覚えておけ!」
馴染み深い低い声が降ってきた。薄汚れた茶色いコートに身を包んで馬鹿でかい図体をごまかそうとしているようだがどう見ても逆効果、悪目立ちだ。その姿を目に入れるや否や、フレッドは次の言葉を発しようともがいたが、こちらも逆効果でむせ返るだけだ。
「ベ……!」
ようやく言葉が喉を通ったと思えば、フレッドを差し置いてルレオが立ち上がる。命の恩人に向かって礼どころか不敵の笑みを浮かべていた。
「ベオグラードさん! 無事だったんですね!」
随分久しぶりに、無意識の笑みがもれた。彼の姿を目にしてようやく、ファーレンに戻ってきたのだと実感した気がする。ベオグラードは微笑を返したが、すぐに切り替えて顔を強張らせた。
「感動の再会は後回しだ、今はここを切り抜けることだけを考えろ。気を抜けばやられるぞ!」
フレッドは頼りなく握っていた剣の柄を握りなおし、力強く頷いた。



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