Mad Tea Party Chapter 7

 宿の店主が気を利かせて、頼んでもいないダージリンティーが人数分小さなテーブルに並べられた。ベオグラードがカップのひとつを手に取るのを見届けてから残りの者も各々に口をつける。
「ベオグラードさん、とりあえず俺たちこれから何をすればいいんですか?」
意外にもフレッドが話を切り出した。ベオグラードは一度スイッチが切れると誰かが催促しない限り永遠に切れっぱなしの惧れがある。紅茶の熱よりも、今は話の熱を保つことの方が言うまでもなく重要だ。
「そうだな……革命のことだが……。ルーヴェンスは自ら支配者となり俺たちの計画はすっかり裏目に出てしまった。まあ身も蓋もない言い方をすれば利用されたわけだ、情けないことにな」
紅茶をすすりながら何でもないことのように言うベオグラード。視線を落とすフレッドたちとは違い、彼は事実を単なる事実として既に消化しているようだ。そうは振る舞えないリナレスが口を尖らせて話に割り込む。
「でも遅かれ早かれルーヴェンスは事を起こしていたでしょ。……八年前と同じことして何がしたいんだか」
彼女が乱暴にカップを鳴らすのを横目に、ベオグラードはじっくりと紅茶の香りと味を堪能すると空になったカップを静かにソーサーに置いた。
「革命は続行する、但し内容を多少変更はするが」
のんびりしていた空気が瞬間張りつめた。
「俺たちの革命は『ルーヴェンスを即位させる』ことじゃない、『この国の歴史を動かす』だったはずだ。そこは何も変わらない。変わるのは『ルーヴェンスを引きずり下ろす』ってところだけだな」
 呆けていたリナレスがカップの中身を一気に飲み干して豪快に口元をぬぐった。景気づけのようなものなのだろう、満面の笑みを浮かべる。
「それっきゃないよね! 私だって自分の生まれた国は好きでいたいもん。かっこつけるわけじゃないけど、これ以上こんな国続けるのは御免。……ルーヴェンスの好きにはさせたくないっ」
反応の早い部下にベオグラードも微笑をこぼす。
「不幸中の幸いってやつでルーヴェンスは王位を継承したわけじゃない。自称新王だのなんだのほざいてはいるがあくまで自称だ、要するになんちゃって王様なわけだな。今回は堂々とやっていいんだ、これは正当な革命だからな。下手すりゃ英雄だ」
「何ですか、その下手すりゃって……。でも、仮にルーヴェンスを引きずり下ろしたとしてその後の王は誰になるんですか? まさかまたファーレン十三世ってことに?」
それは究極の愚問だった。目を点にしたベオグラード、暫くフレッドを凝視して淡々と嘆息した。リナレスもルレオも、珍しくそろって肩を竦めている。
「何だよ、揃いもそろって……」
「それはこっちの台詞だっ。誰がって、当然お前になるに決まってるだろう、王位を継承したのはお前なんだから。……もう忘れたのか?」
今度はフレッドの光彩が豆粒のように縮小。忘れていた、という表現は半分当たりで半分外れと言ったところで、覚えてはいたが応用が効かなかったのである。
 こちらの世界になかなか帰ってこないフレッドを追い詰めるようにルレオが半眼で捕捉する。
「てめえは寝ても覚めても便所に行っても国王様なんだよ! いい加減気づけよ、能なし」
返す言葉もない。ひきつった顔の筋肉を抑えつつ冷静に立ち戻ろうとする。勿論言われていることの意味は分かっている。それがいつも分かっているつもり止まりだったのかもしれない、そう考えるといい加減虚しさがこみ上げてきた。
 ベオグラードが胡散臭い笑みをつくる。彼の笑みはいつも胡散臭さ満点だが今のフレッドの視界にはそれがより一層際立って見えた。
「だから深刻に考えるなって。なーに、次の月食までの辛抱だろう? 一時的な国王だ、気楽にやっとけ」
「はあ……」
どう解釈しても一日駅長だとか一日店長だとかのレベルとはわけが違う。しかしベオグラードによるとそれと大差ないような言い草だ。自らの感覚と王職に従事している人間の感覚、どちらがより一般的か探ろうとしたがバカバカしさだけが募って途中で放棄した。
「でも次の月食まで待ったとしてその次は? 次の国王は誰になるんですかあ?」
リナレスが興奮して問うのとは対照的にフレッドはもはや大した興味も示さず形だけベオグラードに視線を送った。次が誰であろうがフレッドが少なくとも一年は国王をやらなければならない、肩書とは恐ろしいものでやはり気は重かった。
「……さあ、誰になるんだろうなあ。一年後にはまた新しい実力者が出てくるだろうし、一年経てば世界情勢も変わるしな。なんならフレッドがそのまま国王でも全然構わん」
「他人事みたいに言わないでくださいよっ。こっちは結構参ってんのに」
「悪い悪い、まあ他人事だからな!」
 飾られている銅器だとか果物ナイフだとか、幸い周囲には凶器となりうるものが散らばっている。フレッドに一瞬殺意が芽生えたがヘラヘラと紅茶のおかわりを頼んでいる中年を見るとその意欲も萎えた。
 そうして話題の中心人物、フレッドがふてくされると途端に沈黙が訪れる。テーブルを囲んで輪になっておいて無言の集団と化すのも不気味だ。誰とは限定しないがあちこちで欠伸も漏れ始めているし、要するにそろそろ皆の集中力と緊張の糸が切れる頃合いである。
 リナレスが不躾に席を立った。
「暇なんで部屋とって寝ちゃっていいですか? 行動開始が決まったら教えてください」
「んー、構わんよ。そろそろ俺もそうしようかと思ってたしな」
「あ、俺も」
「割り込むんじゃねえ、俺が先だろうが!」
 ひとりきっかけを作れば後はドミノ倒しのごとく話が進む。無意味な順番争いに闘志を燃やし、四人は我先にとフロントカウンターへ走った。とりわけフレッドとルレオは互いにタックルしながら尋常でない顔つきで突っ込んでいく。
「すいませーん、部屋って空いて──」
「勿論空いてんだろうな! 四人分きっちり! 無いんだったら俺に回せ!」
リナレスを張り倒して理不尽なことを並べるルレオ、出遅れたベオグラードは後方で茫然としている。フレッドはというと、リナレスごとルレオの渾身の力で抑えつけられている。
「お、お部屋はですね……っ」
「あるのかねえのかはっきりしやがれ!! どっちだ!」
ルレオは今にも店主(全く以て何の罪もない)を殴り飛ばしそうな勢いで身を乗り出している。カウンターが店主にとって唯一の防御壁であり、最後の砦だ。
 店主は恐る恐る鍵を四つ取り出してルレオに差し出した。はたから見れば強盗である。そんなルレオの脅迫にも耐えて店主は意外なことを口にした。
「お客さま方はこの町の英雄ですから。ルーヴェンスの兵を退けたのはあなた方のおかげだと聞いております。無料でお部屋をご用意してございます。ど、どうぞ……」
ルレオが身を引く。店主がほっとしたのもつかの間、鍵を受け取るとルレオは店主の肩を引き寄せて二、三度リズムよく叩いた。
「分かってんじゃねえか。そうならそうと早く言えよなあ……もう少し手強行手段に出るところだったじゃねえか」
笑顔のルレオに悲鳴を飲み込む店主、涙目の彼にフレッドは心の底から同情の念を抱いた。



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