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Dead or Alive Chapter 9

 ベオグラードは勢いをつけて扉をこじ開けた。彼が玉座の間の扉をこのようにして開けるのはおそらく今回が最初で、最後だ。
「ルーヴェンス!!」
ベオグラードの怒号に合わせてリナレスが玉座に狙いを定めてナイフを投げる。それを追うようにフレッドは低い体勢を保ったまま全速力で走った。視界の中央にルーヴェンスを捉える。奪い取った王の腰かけに堂々と頬杖をついていた。顎に蓄えた流麗な黒髭を撫でながら微笑する。
「これはこれは……我が親愛なる協力者のみなさんじゃないですか。ベオグラード君、君は部下に対する教育がなっていないようだね……。もう少しで『これ』が私に刺さるところだった」
ルーヴェンスはうすら笑いを浮かべたまま首の真横に突き刺さったリナレスの装飾ナイフを抜くと無造作に床に転がした。金属音は静かな空間に鮮明に響く。
「わざと外したんだけど、お気に召しませんでした?」
「……だそうだ。すみませんね、礼儀知らずの部下でして。礼儀知らずの反逆者を潰すにはうってつけでしょう、ルーヴェンス大臣」
ベオグラードの冗談を受けて急に笑いを吹き出すルーヴェンス、かと思うと次の瞬間には冷めきった視線で以て剣を向ける三人を見下した。
「滑稽だな。農民風情が王に楯突こうとは……今の状況が分かっているのかね? 君たちは籠の中の鳥なのだよ、とても哀れなね」
フレッドは嘆息ついでに剣を構えなおした。
「口だけの大臣だな、袋のねずみはあんたの方だろ?」
「……農民らしい下世話な例えだ。果たして君にできるのかね? ……今すぐウィームの村に大軍を送りこむこともできる。全ては私の、意のままに」
舌打ちするベオグラードに対して、フレッドは思いのほか冷静だった。同情や躊躇がルーヴェンスの一言一言でかき消えていくのが分かる、今回の仕事には好都合であった。玉座の上から送られる冷めた視線よりも数段凍てついた眼で、フレッドはただ自分の呼吸音だけを聞いていた。
 ルーヴェンスが頬杖をくずして、おもむろに身を起こす。
「その眼、やはり似ているな。あの男に」
演説の一節のようにゆっくりと言葉を発する。フレッドは大きく息を吸って、止めた。
「お喋りは……そこまでだ!」
一目散にルーヴェンス目がけて走る。周りの声や音、必要のない雑音は全て意図的に遮断してフレッドは視界に映るただひとりの男の姿に全神経を集中させた。ルーヴェンスは不気味に会心の笑みを浮かべる。その笑みの意味をフレッドが知る由もなかった。
「何笑ってやがる! お前の相手は……こいつだろ!」
フレッドの役目は、兎にも角にもルーヴェンスを撹乱して動きを封じることに合った。最初の一撃はぎりぎりの威嚇で構わない、追い詰めてからベオグラードにバトンタッチするのが正しい筋書きだ。
 剣を振りかぶった刹那、フレッドの背後で微かに鞘を走らせるかすれた音が鳴った。フレッドは反射的にできるだけ低い体勢を作りそのまま背後の気配に剣を叩きつけた。
 ギィィン!! ──固く鈍い、金属の不協和音がとどろく。全員剣を抜いた状態で改めて鞘走りの音なんかが聴こえるはずがない、だとすれば先刻までいなかった誰かが気配を消して剣を抜いたことになる。考えるまでもなく、フレッドの一太刀はその男の抜刀しかけた剣の腹に受け止められていた。
「……相変わらず耳だけは敏感だ」
驚愕に眼を丸くしたのはフレッドだけではなかった。ベオグラードもリナレスもその男に視界と声を奪われている。空間は、このたった一人の介入者の出現によって極限の緊迫を余儀なくされた。
 フレッドは既に全体重を剣に預けていた。しかし打破できないどころか徐々に押されているのが傍目にも分かる。ルーヴェンスの笑みの理由が、ここにあったことをフレッドは今更に理解した。
「なんであんたが……邪魔した理由は何だ! 何であんたがここにいる……スイング……!!」
心がけていた冷静が吹き飛んだ。目の前の男はルーヴェンスのように分かりやすい挑発などせずとも無表情のままでフレッドの感情をかき乱すことができる。ルーヴェンスに拉致されたはずの実兄はフレッドの動きを完全封鎖し、その胸中までも支配する。
「フレッド! 取り乱すな、まだチャンスはある……!」
「何のチャンスですか……? 今重要なのは、何でこいつが俺たちの邪魔をしたかってことじゃないですか!」
「落ち着け! スイングはお前の敵じゃないだろうが!」
 べグラードに応答している余裕はない。フレッドは全力で、ありったけの力を振り絞って剣を握っていた。少しでも手を抜けばこちらが切り捨てられかねない。歯を食いしばるフレッドに対して、スイングは眉ひとつ動かさずフレッドを抑え込みながら淡々と剣を抜ききった。
「そういう口は自分の力量を知った上できくことだ」
いとも簡単にフレッドの剣をはじく。動作はあっさりしていても剣は高らかに宙を舞い、派手な音を立てて床に転がった。手元が空になってフレッドもようやく意気込むのをやめる。ひとり荒らいだ呼吸を整えていた矢先、静寂を裂いて背後で拍手がこだました。すぐさまフレッドはそちらに視線を走らせる。
「素晴らしい。やはり見応えがあるものだ、兄弟対決というものは……。君たち二人は王道だな」
フレッドは周囲の目も気にせずわざとらしいくらいに舌打ちしてみせた。今の状況、空気、視界に映る全てのものがフレッドの苛立ちを煽る。
「独り言の多い奴だな。あんたに感想なんか求めてない」
一度大きく顔をしかめてルーヴェンスの殊勝な笑みを視界から追い出す。入り口付近まで弾き飛ばされた自身の剣をベオグラードがおもむろに取り上げるのを横目に入れながらじりじりと後ずさる。と、スイングが先に肩を翻した。今しがた抜いたばかりの剣を再び鞘に納めてつまらなそうに玉座の傍らにつく。フレッドは慎重に後ずさりながら後方の二人と合流した。
「フレッド」
無言で剣を受け取ろうとするフレッド、べグラードが寸前で腕を引いた。
「もう一度言うぞ……落ち着いてよく考えろ。お前はスイングを助けに来たんだろう、闘ってどうする。このままではルーヴェンスの思うつぼだぞ……!」
剣の柄を握る。ベオグラードの予想に反してフレッドはすんなり頷いた。
「……大丈夫、分かってますよ。俺がスイングを引きつけます、その間に二人はルーヴェンスを」
ベオグラードの手から剣が離れる。どこまでが本気か判断しかねるフレッドの演技に小さく溜息をついた。空になった手で再び自分の太い剣を握り、構える。
「仕切り直しだ」
剣を抜こうともしないスイングへ刺すような視線を送った。
 視界の隅でルーヴェンスが余裕の笑みを浮かべる。隣で静かに抜刀する男とこちらに刃を向ける男の目は対照的なようで恐ろしく似ていることに、当人同士が全く気付いていない滑稽さが、そしてそれが意図的であることが彼の興味を駆り立てていた。
 フレッドは特に開始の合図もせず一気に距離をつめ、全体重をかけた一撃をスイングに叩きつけた。正確にはスイングの剣の腹に、鼓膜を震わす空気の振動が合図の代わりとなる。



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