Dead or Alive Chapter 9

 ベオグラードは比較的のんびり、馬鹿でかい大剣をしょってルーヴェンスのもとへ走った。その横を数本のナイフを器用に抜きながらリナレスが駆け抜ける。そこまで見届けてフレッドは目の前の『敵』に集中せざるを得なくなった。
 激しく剣を打ちつけ合うわけでもなくかわしあうわけでもなく、両者は剣を重ねたまま微動だにしない。しかしその状態を互角などと見なす者はいない。フレッドの噛みしめた歯茎から不協和音が鳴った。
(さっさとしてくれよ、ベオグラードさん……!)
二つの剣先を隔ててスイングの表情が見え隠れする。嫌でも目に入る漆黒の瞳は、何一つ、目の前にいるフレッドさえも映さずにただ、揺れていた。
「……ベオグラードともども退け、フレッド。この大立ち回りに意味などない」
涼しい顔でようやく発した言葉の中に、フレッドの疑問の答えはない。
「それはあんたが決めることじゃない……っ」
「俺には表側の茶番につきあってやる猶予はない。退かないなら、潰す」
剣と剣の間で相殺されていた力の一方が一気にゆるんだ。刹那、刃の先端がフレッドの顔面目がけて襲い来るのを串刺し間際でかろうじて避ける。気を取られた隙にスイングの姿が視界から消えた。真横で鳴る風切り音に反応はしたものの、対応はできずに諸に剣の腹を叩きつけられた。轟音だけが頭の中に残る。
「フレッド!」
即座に剣を投げる。リナレスの首筋数センチ横を通過して剣は柱に突き刺さった。彼女の動きを止めるにはそれだけで十分だった。
 リナレスの援護抜きでもベオグラードは一度抜いた剣を収めることはない。スイングの視線がそちらに傾いたのを見て、フレッドは脳内の残響も気にせず片膝を地につけた状態で剣を手繰り寄せた。しかし持ちあがらない。スイングの足がそれを妨げていた。
「見苦しい真似をするな」
「どっちがだ! なんで邪魔をする!? あんたなら、こうするより他にフィリアを守る方法はいくらでもあるだろ!」
見上げた先にあるのは先刻から変わらない無表情。フレッドにしてみれば激情の末咄嗟に出た名前にせよ、これが一番はじめにした質問だったことに変わりなは無い。スイングの瞳が、顔色が、その単語に揺らぐことはなかった。
「勘違いするな、俺は自分の意志でここにいる。誰に指図されたわけでもなく。……お前とは根本的に違うんだ」
フレッドの驚愕はすぐさま顔に現れた。大きく目を見開いてスイングの顔を窺う。彼は眉ひとつ動かさず当然のように言ってのけた。
「自分から……ルーヴェンスについたっていうのかよ。だったら何で、何でフィリアまで巻き込んだ! あいつはあんたを信じてここまで来たんだろ!?」
「俺がついて来いと頼んだ覚えはない」
 瞬間、フレッドは剣の柄を全身全霊で抑えつけた。反動でスイングの足元が浮く。すぐさま体勢を整えて懐から首筋目がけて渾身の一撃を突き上げた。フレッドが何の躊躇もなく殺気を見せたのはそれが初めてだった。同時に初めて、スイングが間合いを取った。
 絶対に許すことができない言葉がスイングの口から放たれたのを、聞き流すわけにはいかなかった。噛みしめた唇から線状の血が流れて手の甲に落ちる。
「それだけは言わせない……! あんたにはフィリアを幸せにする義務があるはずだ!!」
「そうだとして、あいつの幸せを決める権利はお前にはない」
 無意味な会話をしていることは頭のどこかで理解していた。フレッドがそうなのだから、スイングはその数十倍そんなことを考えているはずだ。終始吐き続けられる小さな嘆息がそれを物語っていた。かみ合うことのない心と、決定的な力の差、二人の間にはいついかなる時も深く広い溝があった。互いがその溝を掘り下げていく道しか知らなかった。
 フレッドが再び無心に剣を突く。スイングはよけるでもなく片手の平で突きだされた剣を握り勢いを止めた。そのままフレッドの鳩尾にひざ蹴りを叩きこむ。まともに食らったのだから当然ではあるがフレッドは口から胃液を吐き出して跪いた。腹を抑え込んでうめく声は低く、短い。スイングは完全に無防備になったフレッドの後頭部に、とどめとばかりに蹴りを入れた。今度はどす黒い血が喉を逆流し、伏せた床に散らばった。
「フレッド!」
脳みそが頭の中でぐらぐら揺れて周囲の声が途切れて聴こえた。一応聞こえはしたがそれがベオグラードのものかリナレスのものかは判断できない。虚ろな世界にフレッドはそのまま抗うことができずに倒れこんだ。
「まず一人、か。案外骨があったんじゃないかね? 流石は兄弟というところか。君はどうするベオグラードくん。護衛隊総隊長ともあろう者が一市民を目の前にして足がすくむとは、何とも滑稽だと思わんかね」
 思い出したようにベオグラードに会話を持ちかけるルーヴェンス。
「あいつは昔から化け物でね。どうやって飼い慣らしたかは知らんが奴は諸刃の剣だぞ」
「忠告わざわざ感謝する。余計な世話だがね」
互いに皮肉の笑みを浮かべる。音だけが、フレッドの意識を保つ唯一の要素だった。


 その頃。別行動をとっていたクレスとルレオは静かすぎる城内を我が物顔で闊歩していた。静かなのは自分たちが片っぱしから兵をなぎ倒してきたからに他ならないが、それを抜きにしても音のない静寂の世界が続いていた。
 二人はこれといって会話を交わさない。戦闘の疲れもあるにはあるが、彼らのだんまりの理由はそこではないことは明白だ。クレスの無言の道案内に任せてルレオは露骨にふてくされてその後をただついていく。
「……おい」
やたらに速足のクレスの背中を唐突に呼び止める。聴こえているのかいないのか、クレスはペースを緩めることなくそのまま歩き続けた。
「おい! 聞こえてんなら返事くらいしろ!」
「何!? 用があるならさっさと言ってよ!」
会話の序盤からこれなのだから続きが穏やかに展開するはずもない。予想だにしていなかったクレスの全力(やけくそ)の反応に一瞬たじろいだルレオだったが、すぐに気を取り直して話と足を進めた。
「どこに行こうとしてんのか分かってんのかよ。城内迷子なんてダセーのはごめんだぜ」
「あなたと一緒にしないでよっ。何年ファーレンに仕えてきてると思ってんの? 城内構造くらい頭に入ってるわよ」
「ああそーかよ。だったら今どこに居てどこに向かってんのか詳しく説明してもらおうじゃねえか! 似たような廊下ばっかうろうろしやがって、こっちは飽き飽きしてんだよ!」
「そんな暇ない。地下牢に向かってるってことだけは言えるけど」
ルレオが途端に青筋を引っ込めて片眉を上げる。出し入れ自在の怒髪天マークは、クレスからすれば奇妙な産物だったが今はそこに言及している場合でもない。
「地下牢だあ!? また辛気臭ぇところにわざわざ……」
「他にどこがあるっていうのよ。言ってる間に着いたけど、覚悟はいい?」
 明らかに「らしい」扉が側面に構えていた。今まで見てきた金の装飾はおろか、元の色すら不確かなくらい色あせている。ファーレン城一階北東の一番端にある貧相なドアを、クレスはおもむろに押しあけた。ホラー映画の定番のような斜め上がりの音と共に開くドア、地下へ続く狭い通路に反響する。中を覗き込むルレオ、ずっしりとした重い空気が息を詰まらせる。
 二人は扉の奥へ足を進めた。足音がうるさいくらい鼓膜に侵入する。それ以外は何一つ感じられない。寒いだとか暑いだとかの感覚すら曖昧で、覚えるのはただ息苦しさだけの静寂を極めた空間だった。
「足元気をつけて。割と湿ってるから」
「っんとに仰々しいな。城ん中がド派手なら全部そうして欲しいもんだぜ。何だこの差は」


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