Dead or Alive Chapter 9

何度か踊り場を折り返して階段が終わる。再び薄汚れた鉄の扉が道をふさいでいた。
「これを開けたら左右にズラッと牢が並んでるから。中には元から収容されてる囚人も居るはずだからあまりむやみに視線は合わせないで」
「……無茶言うなよ、そんなもん見分けられるか」
惜しげもなく口をへの字に歪めて早くも投げ出し態勢を見せるルレオ、無視してクレスは少し錆びた鉄扉を全身を使ってこじ開けた。
 苦痛をうったえる悲鳴、狂気じみた叫び声、すすり泣き、異臭、などのルレオが想像していた地下牢のイメージとはかけ離れて中は先刻と同じように静かだった。クレスも少しだけ意外そうな顔して二人で顔を見合わせる。
「思ってたよりまともだな。もっとこう入った途端うぉぉぉぉ! とか、ガシャーン! とかってとち狂ったの想像してたんだけどな」
安堵の溜息をつきながらルレオが意気揚々と先陣を切る。人の気配そのものさえ感じられないのだからそういった修羅場が展開される惧れもないだろう、後ろ頭に両手を回してルレオは実に適当に前だけを見て歩く。その後ろでクレスが左右を隈なくチェックしていた。
「王も皇女もここでないとしたら面倒ね……。ルレオ、ちゃんと探してる?」
「アホか? 俺は王も皇女も顔なんて知らねえんだよ! こっちばっか宛てにしてねぇでちったー自分で探せっ」
暴言次いでに少しだけ後ろを振り向く。後ろで聞こえていた足音が途絶えたのにつられてだ、クレスと目が合うかと思ったら彼女もまた後方に気を取られて振りかえっていた。
「何だよ。兵士の亡霊でも出たか?」
半ば冗談で片付けようとしたルレオに対してクレスが青ざめた顔でおもむろに人差し指を上げた。ルレオの身体が完全に向き直って視界に対象物が入る。
 それは異質な光景としか言いようがなかった。人の気配のしない、つまりは誰もいないであろう地下牢に幼い少年が手持無沙汰に突っ立っている。黒いコートをぶかぶかに着た赤い髪の子ども、視界に確かに姿を捉えているのにも関わらずそれでもなおあるはずの
「気配」がその少年にはなかった。
 一気に空気が変わる。二人の後から入ってきたのならそれらしき音がしたはずだ。始めからここに居たのなら見過ごすはずはない。少年は今二人の目の前に確かに立っているが、絵でも見ているかのような感じ取ることができない異様な存在感だった。否応なしに目を奪われる。もはや身体の自由を、と言った方がいいのかもしれない。少年が奇怪に笑みを浮かべた瞬間、クレスもルレオも足がすくんだ。悪寒だけが足の付け根まで一気に走った。
「おい……! 逃げるぞ! こいつ……絶対やべぇ……!」
本能が警報をかき鳴らす。クレスは微動だにしない。
「聞いてんのか!? 走れ!」
言いながら、無駄だと気付く。ルレオ自身がもう指先ひとつ動かすことができない状態だった。魔術にでもかけられたかのように、二人は一歩も動かずただ生唾を飲み込む。少年の口元が更に、裂けんばかりに大きく笑む。
「見ーつけた」
歓喜の笑みに顔を歪めて少年はゆっくりこちらに近づいてくる。クレスは唇を噛んで正気を取り戻すと震える手で頼りなく剣を抜いた。何に怯えているのかは自分でも分からない、ただ相手が普通ではないことは痛いほど分かる。振り払うように剣の柄を強く握り締めた、そのとき──
「クレス!! その子に触れては駄目! そこから離れなさい!」
掠れた、それでもよく聞き取れる声が背後から飛んでくる。クレスもルレオもその声に気を取られて一瞬だけ恐怖を忘れた。月当たりの牢、その鉄格子に身体を押し当てて叫ぶ女、その姿を目にしてクレスの表情が開けた。
「皇女……っ、ご無事で……!」
「再会を喜んでいる場合ではありません……っ。ここにとどまってはなりません、早く脱出しなさい! その少年に触れれば『大罪』を受けます……!」
鉄格子にしがみついてセルシナ皇女は声を振り絞った。その横に、かつての栄光の面影ひとつないファーレン十三世が肩を落として座り込んでいる。クレスに死刑宣告までした暴君の姿はどこにもなかった。
「どういう意味ですか!? 大罪って……!」
「理屈くせぇ女だな! まずは言われた通り逃げりゃあいいんだよ! やばいことくらい分かってんだろ!」
クレスを追い越してルレオはてきぱきと牢の鍵を開ける。まずは皇女を、そしてうずくまって動こうとしない王に手を伸ばした。王はその手をとろうとしない。ルレオの青筋が浮き出たところでクレスが無理やり王の手を掴んだ。
「陛下、お急ぎください。脱出します」
クレスの声を聞いて安心したのか、国王はふらつく足を何とか支え立ちあがった。と同時に少年の足音が牢の前で止む。全員が一斉に寒気を覚えた。
 ルレオは強張る神経を気合いで活動させ、少年にボウガンを突き付けた。手元が微かにぶれるにも関わらず不敵な笑みを浮かべる。
「ルレオ! 子どもよ!?」
「これがガキだ!? 笑わせんな! ただのガキにこんな殺気出せるかよ!!」
半ばやけくそに引き金を引く。が、集中力を切らした手元は狂いも狂って至近距離にも関わらず矢を明後日の方向に飛ばす。ルレオは振り向いて加減なしにクレスの二の腕を引っ掴んだ。
「走るぞ! 来い!!」
 世の中には足の速い人間と、そうでない人間がいる。ルレオはそのどちらでもなく、リレーで言えばどこに入ってもさほど影響しない所謂人並み、という類だったがその人並みと呼ばれる人材の中にごく稀に妙な特技を持つ者がいる。“逃げ足”という生きていくうえで重要かつ最強のスキル、ルレオは当にその持ち主だった。クレス、そして王と皇女を引きずるようにしてルレオはその場を何とか切り抜けようといつになく踏ん張った。行動そのものは正しい、しかし肝心な何かが欠けていた。
「ここまで来れば追って来られねぇだろ。ったくどいつもこいつもモタモタしやがって……!」
「あなたは焦りすぎなのよ! どっちに逃げてきたか分かってんの!? ここは牢の奥の奥よ!」
感謝はおろか即座に罵倒される。十のフロアからなる地下牢、四人はその九つ目に棒立ちになっていた。


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