人形達のイトツムギ#6 Side A

 僕はその後も満面の笑みを携えて、真剣な顔のフレデリカと共に慣れた街を闊歩した。高台にあるエルドラの駅前広場に着くと、いつもならそのまま遺跡方面へ続く坂道を下るのだが、今回はそちらに背を向けて駅舎の裏手に回る。裏通りには、狭い路地がいくつか走っていて、工房や倉庫などの外向けにはあまり開かれていない穴場スポットが点在する。予約制の高級料理店なんかも、確かこの並びだったはずだが、それはまたいつか。
 路地の狭さとは対照的に建物が高いせいで、昼間でも薄暗さと閉塞感がある。それが寧ろこの路地一帯の魅力にもなっているようだ。迷い込むこと自体を楽しめてしまう迷路、とでも表現しておこうか。こういうところをうろついて、宝探しに似た買い物をすることが僕は好きだ。横顔を盗み見る限り、たぶんフレデリカも。
 僕らはそれから、それぞれに気になった店のいくつかを一緒に見て回った。毒草、薬草の調剤所に始まり、香水専門店、謎の壺専門店(僕は嫌いじゃない)、古書店。その途中でうちに魔法石を卸してくれている加工屋に挨拶がてら立ち寄って、工房を見せてもらったりもした。鑑賞用の水生生物を売る店では初めてみる変異体の魚の前で、感想や考察を好き勝手に言い合っていたら、途中から店主も参加してきたせいで、随分話に花が咲いてしまった。
 大通りにはない独特で、濃密な時間の流れる空間だった。扉を開けて路地に戻るたびに、魔法が解けたみたいに日が傾いてることに気づく。時間が止まれば、だとか有り体で非現実的なことは思わないが、もう少しゆっくり時間が過ぎてくれればなあくらいは考えてしまう程度には、あっという間の一日だった。
「そろそろ店に戻りましょうか。日も暮れてきましたし」
 これを言うのが僕だったという事実に、僕は満足している。フレデリカも時間を忘れて大いに気晴らしができたのではないかと思うから。
「分かった。あと一軒だけ、いい? 見るだけ」
 フレデリカが指定してきた最後の一軒が、僕には意外だった。この通りでは数少ない、ガラス窓で中の商品が見える造りの店だ。僕らが覗き込んでいる先で、兎と鳩と猫数匹が同じように僕らを覗き込んでいる。微動だにしない。生きているわけではなさそうだが、偽物とも思えない。剥製屋か──また最後の最後にインパクトの大きい店を選んでくれる。
 フレデリカはこの界隈の店の雰囲気にすっかり慣れたらしい、特に躊躇なく入口扉を押し開けた。思いの外かわいらしいドアベルの音が僕らの耳元をかすめて店内に鳴り響く。店内は外の夕焼けと同じような、暖かいのにどこか郷愁にかられるような色の灯石で照らされている。それにも興味はあったが、何より壁一面に陳列されている商品たちに僕は息を呑んだ。
「人形屋、ですか?」
「……たぶん」
 外のディスプレイにはいなかった「人」たちが、様々な表情で僕らを品定めしてくる。等身大の、おそらくは蝋性の人形だと思うのだが、その出来があまりにも精巧で感嘆と驚嘆とが混ざり合って漏れ出てしまった。ただ、単純な感動とは別の、説明しがたい居心地の悪さがここにはある。
「とんでもない職人技、というかなんというか……人形、ですよね、ほんとにこれ」
 入口扉を開けたすぐ先にある(いる)、恭しくお辞儀をしたメイドの人形を、僕は下から覗き込んだ。瞼も唇もきちんと閉じられているが、いつ「いらっしゃいませ」と話しかけられても不思議ではない雰囲気を醸し出している。
 フレデリカの視線の先には、恰幅の良い身なりの整った紳士の人形がいて「ようこそ」と言わんばかりに微笑を浮かべつつ、右手を差し出していた。
「私この人……どこかで見たことが」
「やめません? いや、やめましょう。それ言い出すと、急に見方が変わってくるというか」
 思い出の一頁に大事に保存される予定だった今日という一日の、保存先ジャンルが変わってしまう。それは避けたい。
 精巧な人形たちは四方の壁際に整然と並べられているが、皆一様にこちらを見ているかというとそういうわけでもない。喪服の女性人形は顔を覆って悲嘆に暮れているし、着こなしの良いスーツを着た男性人形は隣の人形に話しかけようとでもしているのか完全に身体ごと横向きである。少女の人形に至っては、自分の手に握られている風船に夢中のようだ。
 皆が皆、僕らを見ているわけではない。視線があまりかち合わないせいか、これだけの数の精巧な人形に囲まれていても、恐怖や気味の悪さは不思議と感じなかった。
「ぬいぐるみもある」
 フレデリカの声に振り向くと、店の中央のテーブルの上で、デフォルメされた動物たちが肩を寄せ合っているのが目に入る。フレデリカは黒猫のぬいぐるみを手に取ったかと思うと、そのまま両目を見開いて固まってしまった。
「この猫見たことある、とか言わないでくださいよ?」
 横から僕も覗き込む。数秒経たずして、フレデリカと同じ反応をしてしまった。付けられた値札の、ゼロの数が尋常ではない。僕がこの数のゼロを目にしたのは、ここ最近では店の帳簿の中くらいのものだ。流れからして、当然、精巧人形の方の値段を確認したくなる。好奇心と本能の中間点くらいのその衝動に身を任せたことを、僕は少し後悔する。
「人形ですよね? え、生きてませんよね?」
 知らず、人身売買の展示場に足を踏み入れたということであれば、情状酌量の余地はあるだろうか。それを本気で考えるくらいの、眩暈を覚えるゼロの数だ。というか並の人間を売り買いしたところで、おそらくこの値段はつかない。
 価格設定もさることながら──僕はこの時点で自らが持った居心地の悪さの正体を、何となく理解しはじめていた。フレデリカが気に留めていない今なら、まだ間に合う。最後の店は強烈でしたね、という思い出話のネタとして処理できるはずだ。
「どうも、いらっしゃいませ。気に入ったものがありましたか?」
 店を出る提案より先に、店主らしき男に見つかってしまった。奥の扉の先は、工房だか居住スペースだかになっているのだろうが、男はほとんど物音も立てず唐突に姿を現したように感じられた。僕らが店内に意識を奪われていただけで、もしかしたらごく普通に登場したのかもしれないが。
「すみません。勝手に見せてもらっていました」
 抱き上げていた黒猫のぬいぐるみを元の位置に丁寧に戻しながら、フレデリカが軽く会釈する。男もかぶっていたチューリップハットを脱いで、頭を下げた。外はねの巻き毛が広がる。接客用とはいえ、柔和な笑顔を作られれば思わず目を惹く、端正な顔立ちだった。
「かまいません。私のほうこそ、ご案内もせずに失礼しました。この時間は立ち寄られるお客さんがあまりいないもので、つい。気軽に薦められるお値段ではありませんが、もしお気に召したものがあれば……。あれ、君は──」
「私が、何か」
「失礼。以前、君のことをエルドラ遺跡で見かけたなと。ほら、少し前にカエルの変異体が大量発生した時期があったでしょう? あのときは確か、魔術管理局の人たちが退治に動いていたと記憶しているけれど、その中に君が」
「ああ。グリムロックさん──監察官からの依頼で対処にあたりました」
「やっぱり。洗練された美しい魔法を使う人だなあと思って……記憶に残っていたんですよ、とても。うちの店を訪れてくれるなんて素敵な偶然だなぁ。良ければお名前をお伺いしても? 私はキリクと申します。この店の店主で人形師をしております」
「……フレデリカです。魔道具店の、店主をしてます」
「おやっ。となると"店主仲間"ですね」
 くだらない共通点だと思った。そんなことを言い出したら、毒草マニアの変態薬師も、髭面のおっさん調香師も、壺を愛し壺に愛された壺みたいな顔の陶芸家も、そこらじゅうがまとめてお仲間ではないか。だいたいからして、エルドラ地区は遺跡隣接型の、魔法と観光の街なのだから商店の数自体が多い。その店の数だけ店主とやらは存在する。いくら類まれなる職人技を持っていたとしても、接客時の会話のレベルがこれなのだから商人としては下の下だ。
 僕はフレデリカにも、当然このキリクとかいう男にも分からない程度に、微かな溜息をついた。今の今まで一度も気に留めなかった時計の針が気になって、人形に埋もれるようにして壁に佇む振り子時計を見やった。帰宅を促すにはいい頃合いだ。
「フレデリカ、そろそろ──」
「この店の人形たちは、皆キリクさんが?」
 分かっていたことではあるが、フレデリカはこの店に、人形たちに興味を持っている。はじめから関心があったから、僕に断りをいれてまでわざわざ最後にここを訪れたのだ。
 僕は口をつぐむ。フレデリカの考えを尊重したいから。それに人形師はまだ、決定的な言葉を口にしたわけじゃない。こいつにその節度が備わっているなら、その話題には触れないかもしれない。それならそれが一番いい。


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