人形達のイトツムギ#6 Side A

 僕が引いたのを見計らってから、キリクは口を開く。
「ええ、すべて私が」
「どれもその、まるで生きているみたいというか。本物みたいで、びっくりしました」
「お褒めにあずかり光栄です。ぬいぐるみたちはさておき、人形たちにはこだわりがつまっていますから」
 でしょうね? ──という喉元まで出かかった皮肉を、何食わぬ顔で呑み込んだ。僕が意図して口を挟まないでいることに、人形師は気づいているらしい。その無言が、牽制であることにも。そのうえで確認がてらちらちらとよこす視線が、そろそろ本当に不愉快だ。
「本物を作りたいわけじゃなく、限りなく本物に近い偽物を作りたいんです。本物になるにはあとワンエッセンスだけ足りないような、欠けている美、とでも言いますか」
 人形師の視線がフレデリカに移動する。
「この世には、偽物にしか持てない価値があります。人形たちはそれを証明してくれる。永遠に"欠けている"、故に永遠に愛される……唯一無二の価値です」
「永遠に愛される──」
 僕には、人形師の講釈のどこに聞き入る要素があったのか全く理解できない。分かったのは随分偏った、バイアスのかかった世界観で生きているらしいということくらいだ。共感も受容もし難い。が、フレデリカはそうでもないようだった。横目で見ていた僕がそう感じたのだから、人形師がこれを好機と捉えないはずがなかったのだ。
「フレデリカさん。唐突かもしれませんが、もしよろしければ、あなたの人形を作らせていただけませんか?」
 溜息どころか舌打ちも間に合わず、僕は絶句していた。あれだけこちらの様子を窺っていたくせに、結局人形師は本題──僕が一番口にしてほしくなかった話題──をさらりと持ち出してきた。
「代金などはもちろんいりません。気に入った人形があればさしあげてもいい」
「何を言って……っ」
「作りたいのです、貴方を」
 僕は二人の間に割って入って、フレデリカを後方に押し込んだ。この男は僕が設定していた限度を一足飛びに越えてきた。警戒しておきながらそれを見誤ったのは僕の落ち度だが、こうなった以上、温厚さやさりげなさを装う必要はもうない。
「お断りします。あなたに付き合う義理も時間もありませんので」
 フレデリカにとってはキリクの要望も僕の対応も全てが唐突で、何の前触れもない急展開だったのだろう。だから呆気に取られて言葉を失っている。好都合だ。状況が呑み込めていない今なら、面倒な問答抜きでフレデリカを連れ出せる。
「あ~……あ~え~と、お連れの方は、あれです。おそらくちょっと誤解をなさっている。説明させていただけませんかね~っ」
「フレデリカ、ここは見るだけって話でしたよね? そろそろ帰りましょう」
 フレデリカが何か言いかけたのに気づかないふりをして、僕は彼女の手を引いて店を出た。
入ったときには愛らしく鳴っていたドアベルが、僕の鼓動と同じように乱雑に、統制の取れていない音を立てていた。
 僕はフレデリカの手を掴んだまま、薄暗い路地を足早に通り抜けた。路地を抜けてなお薄暗いのは、夕闇が本格的に空の色を塗り替えている最中だったからだ。赤でも青でもない美しい紫色の空を、僕は一瞥しただけで後はずっと足元の石畳が高速で流れていく様を見ているしかなかった。
 フレデリカが何度か僕の名を呼んだことには、もちろん気づいている。それに返事をしてしまったら、フレデリカの疑問に答えざるを得なくなるから、聞こえないふりをするしかなかった。問題を先送りにしているだけだということは分かっている。ただ、先送りにした分は多少なりとも猶予ができるから、その間に最適解を用意したかったというのもある。
 昼間あれだけ浮かれて歩いた同じ道を、僕は逆方向に突き進む。引いているはずのフレデリカの手の感覚を、僕は覚えていない。


「フレデリカ様ぁ~! おかえりなさいませっ、さぞやお疲れでしょう。ハイス、てめぇは、こんな遅くまでお疲れのフレデリカ様をいい様に連れまわしやがって、一体全体何様気取り……」
 聞きなれたドアベルの音と聞き飽きたジョセフの声で、やっと帰ってこれたという疲労感が一気に胸中に広がった。そのジョセフの出迎えと説教は竜頭蛇尾に終わる。僕らがドア前で無言のまま動こうとしないのを見て、早々に何かを悟ったらしい。相変わらず察しだけは抜群に良い虫だ。グリムロックの姿は見当たらない。流石に半日以上ひとところに居座れるほど暇な身の上ではないのだろう。
 ──気まずい。何から説明すべきか、そもそも説明が必要なのか僕は図りかねていた。そんな僕の胸中を見透かしてか、口を切ったのはフレデリカのほうだった。
「やっぱり明日、もう一度あのお店に──」
「は……?」
 もしフレデリカが少なからず言葉を選んだのだとしたら、それだけは絶対ないだろうという選択肢だ。咄嗟の反応が意図せず冷めたものになったことに、いつもなら後悔の念を抱くが、今回ばかりは苛立ちのほうが先行した。
「却下です。少し落ち着いてください。フレデリカも気づきましたよね? あの店主『限りなく本物に近い偽物』を作るためなら何でもやりますよ。まともに話が通じる相手じゃありません」
 あの人形達に使われていた素材は、どれもこれもが法外な値段で取引される希少価値の高いものだった。法外な金銭のやりとりくらいならまだいい。店頭に並んでいただけでも「本物の欠片」が使用されていた人形が数体あった。ここ最近話題になっている墓暴きとやらは、実はあいつの仕業なのではないか、という疑念があたりまえに湧くくらいには、普通じゃない輩だったということだ。人形師という立場でエルドラ遺跡に用があったのも、おそらくはそういった素材収集のためなのだろう。
「言いたいことは分かります。フレデリカはあれを、悪魔の新しい器候補にしたいんですよね?
「そう……! キリクさんの作る人形は、サミジーナの条件に合っていると思う」
 サミジーナ、というのはフレデリカとグリムロックの検証で導き出した、今回の悪魔の仮名称だ。望む死者に、夢の中で邂逅させることができる職能の悪魔。魔術管理局の古い記録では、過去に数度、女性の器で物質界に顕現しているらしいことも判明している。
「誰からも永遠に愛される器、でしたっけ? あの人形師の商品が、その条件を満たしている? ……僕は別にそうは思いませんし、仮にそうだったとして、あの人形である必要性はないんじゃないですか」
「ハイスがそこまで反対する理由が分からない。材料がどういうものかについては……確かに思うところはあるけど、話が通じないとまでは感じなかった。何が気にくわないの」
 それをフレデリカに訥々と説明できたら苦労しない。
「そういうことじゃなくて……。フレデリカは何も思わないんですか? 遺跡で見かけただけの、ほとんど初対面の女性相手に『貴方を作りたい』とかいう奴ですよ?」
「私の人形を作らせるくらい、別にどうってことない」
 僕は瞼を閉じて一瞬の間を作った。脳を介さない反応を返したくなかったからだ。それでもなお込み上げてくる嘆息を留めることができず、結局フレデリカの目の前で深呼吸みたいに溜息をついてしまった。こういうあからさまに嫌味な態度を、とりたいわけではない。
「髪のときも言いましたが、自分をモノ扱いするのはやめてください」
 それでも今回ばかりは、少しでいいから分かってほしくて食い下がってしまった。フレデリカに目立った反応は無い。でもそれは、珍しく彼女のポーカーフェイスが機能しただけの話だった。
「じゃあハイスも、私をモノ扱いするのはやめてほしい」
「……僕が、いつ?」
「いつも。今も。私はハイスの持ち物じゃない、だから自分の扱いは自分で決める」
 すぐに否定しようと思った。僕はフレデリカの言動を統制しようとしたわけではない。そんな奢った気持ちを持ったことはない。だからそんなふうに思われるのは心外でしかない。でも──言葉にはしなかった。
「わかりました。じゃあ僕は口出ししませんから、どうぞご自由に」
 同じ内容でも、もっと別の伝え方はある。そんなことは頭では分かっている。でもこのときの僕に、平常時と同じように配慮をするなんて芸当ができるはずもなかった。言葉が選べないなら、話さないほうがいい。
 そう思ったから、フレデリカとは視線を合わせずに二階の自室へ向かった。ジョセフが一度おずおずと僕を呼び止めた気がするが、それに振り向いて対応するような「配慮」をする気になれない。
 仮眠でも摂って一旦脳を、感情を整理できればどんなにいいだろう。封印が解除された状態では安易に眠ることもできない。そんな今更の事実が、僕の心身を静かに、確実に蝕んでいたことを改めて思い知る日になった。


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